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福岡高等裁判所 昭和54年(ネ)588号 判決

控訴人・附帯被控訴人(被告) 学校法人佐伯学園

被控訴人・附帯控訴人(原告) 土井正美 外一名

主文

原判決を取消す。

被控訴人(附帯控訴人)らの請求ならびに附帯控訴により当審で拡張された請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人(附帯控訴人)らの負担とする。

事実

控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という)は主文同旨の判決を求め、被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という)らは、控訴棄却ならびに附帯控訴として「原判決主文第二項を次のとおり変更する。控訴人は被控訴人らに対し別紙債権目録記載の各被控訴人名下の金員を支払え。」との判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

一  原判決二枚目裏四行目に「又」とあるのを削る。

二  原判決三枚目表一行目の次行に「三」として次のとおり付加する。

「その後、控訴人の教職員の賃金は毎年ベースアツプによつて是正され、夏季、年末および年度末手当等の年間一時金も支給されている。被控訴人らについて、解雇後遂年是正後の給料表を適用し、得べかりし賃金、年間一時金および家族手当を算定すると別紙賃金計算表記載のとおりとなる。

よつて、被控訴人らは控訴人に対し別紙債権目録記載の各被控訴人名下の金員の支払を求める。」

三  原判決四枚目表七行目の「ある。」の次に「右造船科、土木科の場合においても、当該科の教員は担当の学科がなくなつたので、退職が当然であると考えて学園外に転職している。控訴人としては、被控訴人らの所属する佐伯学園労働組合はこれらの先例を十分承知していることと考えていたし、同組合においても、最後の卒業生を出したら被控訴人らが退職するものと思つていた。」を、同枚目表一一行目の「至つた。」の次に「右両科には将来退職を予想される対象の教員が七名もおり、このすべてを転用することができないことは労使双方共十分承知していた。」をそれぞれ加え、同枚目表一二行目に「上提」とあるのを「上程」と改める。

四  原判決六枚目裏九行目に「処偶」とあるのを「処遇」と改める。

五  原判決八枚目裏八行目の次に改行して、「また、控訴人理事長は被控訴人らに退職勧奨すると共に学園外の職場への就職の世話について説明をし、被控訴人荒木に対しては同人の出身県である宮崎実業高校に就職の世話をする旨述べたが、同被控訴人はその話を無視ないし曖昧な態度で終始したため立ち消えとなつた。」を加える。

六  原判決一〇枚目表一行目の「なつていること」の次に「ならびに右廃科に当たり、当該科の教員が控訴人学園外に転職したこと」を加える。

七  原判決一三枚目表七行目に「何時でも」とあるのを「控訴人に共同して申請する意思があれば申請するだけで容易に」と改める。

八  原判決一四枚目表一一行目の「作出したものである。」の次に「控訴人は、右休科の時点において、三年後に備えて計画的な人事調整上の配慮をなすべき義務があつた。しかるに、控訴人は、昭和四八年以降も無計画に新採用をくりかえし、被控訴人らの持つている工業の免許で教授しうる建築、機械両科において昭和四八年以降本件解雇までに延べ七名の新採用がなされ、また被控訴人らの過去の実績から言つて転用可能な教科である数学についても解雇後四名の採用がなされている。」を加える。

九  原判決一九枚目表二行目の「担当したことはある。」の次に「これは、「教科外科目」として一年を限り所轄官庁の許可をえて授業担当させたものであるが、校長の申請により次年度にも許可をえて結局二、三年に亘つて担当させた。」を加える。

一〇  原判決二〇枚目裏一行目に「もので」とあるのを削る。

一一  〈省略〉

理由

一  請求原因事実は当事者間に争いがなく、抗弁事実中佐伯高校が昭和三〇年設立され、控訴人主張の各学科が設けられたこと、同学科中林業科、造船科、土木科、家政科ならびに電気科が控訴人主張のころ生徒募集を停止し廃科となつたこと、右廃科に当り当該科の教員が控訴人学園外に転職したこと、被控訴人らが電気科専任教員であること、以上については当事者間に争いがない。

二  そこで、まづ電気科廃科の合理性について検討する。

成立に争いがない乙一五号証、一七号証、一八号証、原審証人小松幹、同碓田登、原審及び当審証人河野明徳の証言を総合すると次の事実が認められ、右認定を左右するにたりる証拠はない。

1  控訴人学園が昭和三〇年佐伯高校を創立したころは、大分県南部に公立高校が少く、佐伯高校の校区である佐伯市、南海部郡で僅かに二校(他に分校が三校)しかなく、右公立高校に収容しえない生徒を私立高校でまかなつてほしいとの地域の要望が強かつた。また、当時はベビー・ブームによる中学生の急激な増加とそれに伴う高校の急増が要求されると共に、国の経済政策ならびに産業界は高度経済成長の中で高校職業課程を終了した程度の人材の確保を要請し、教育界もこれに応じて高校の職業課程を多様化し、とくに私学においては、私学が今後生きて行く途は多様化にしかないものと考え時代の先端を先取りする空気が強かつた。

2  ところが、昭和四〇年ころ、大分県が佐伯高校校区内にある公立高校二分校をそれぞれ独立高校に昇格させたため、大巾な定員増が生じ、同一地域にある佐伯高校への志願者数が減少したが、これに加え、そのころから経済成長も安定成長に転じるにつれて多様化傾向も高校から大学段階に移行し、中学生の進学希望も特殊職業課程から普通科課程に大きく変動し始めた。そして、右高校の多様化傾向の時期にたまたま重なりあうように時期を同じくしていたベビー・ブームによる新入高校生の激増傾向もようやく峠を過ぎてやがて生徒数の著しい減少が目立つようになつて来た。

3  佐伯高校では、昭和三九年に電気科に一二六名在籍(高校全体では八〇三名)したのを頂点として毎年減少の一途を辿り、同四七年に至つて僅かに二四名(高校全体で二六五名)を数えるに過ぎず、学級経営が困難となつた。

そして、佐伯高校の校区内中学の卒業者数を大分県教育委員会作成の統計資料により計算してみると、昭和四七年度において二、〇一二人であつたのが同五〇年には一、七五四人となり、同六〇年には、一、四七一人となる見込みで、新入生の増員を期待することは困難である。

以上の事実および前記争いのない事実によれば、佐伯高校電気科における生徒数の減少は、単に一時的なものではなく、高校教育界全般に亘つて惹起された職業教育の見直しという構造的な変化と当初予想されえなかつた校区内における公立高校の増設ならびに高校新入生徒の全体的減少という事態に起因するものであつて、控訴人において、その変化に対処する見通しに多少の甘さがあつたとしても、控訴人が昭和四七年その経営合理化のため電気科の生徒募集を打ち切り、同五〇年これを廃科するに至つたことは、控訴人の事業経営上やむをえない必要から出た合理的な措置であつたものと認められる。

三  ついで、控訴人が右電気科廃科に伴い被控訴人らを余剰人員として整理解雇したことの当否、その必要性について判断する。

前掲各証拠のほか、成立に争いがない乙一、五、七号証、原審証人鵜木政深の証言ならびにこれによつて真正に成立したものと認められる甲四号証、六号証、七号証、原審被控訴人土井正美本人尋問の結果真正に成立したことが認められる甲一一号証、原審証人矢田武の証言および同証言により真正な成立が認められる乙四号証、原審および当審被控訴人土井正美、同荒木寿男各本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)を総合すると、次の事実が認められる。

1  佐伯高校は、生徒の納付金(授業料)と大分県から交付される補助金をもつて主たる収入源としているが、総支出の八五パーセント程度は人件費で占められている状況であり、これまでも人件費の面では講師或いは嘱託による授業時間を増やすことによつてかなりの合理化を行つて来たが、昭和五〇年当時の教員一人当りの生徒数は六・七人であつて、同年における大分県内私立高校一六校の平均が二一・六人であるのに比べると、不経済な面もあつて、前示のような新入生徒の減少による生徒納付金(授業料)の減少とこれに応じて補助金もへらされたため年間一、五〇〇万円以上の赤字を算出し、控訴人学園の財政状態ではかなり逼迫した状況にあつた。

2  電気科および家政科の廃科に伴つて、家政科では阿部由紀子、稗田リツ子、菅初枝の三名が、電気科では被控訴人両名のほかに野村成行が余剰人員とされ退職勧奨の対象となつたが、右六名のうち野村および菅の両名は右勧奨に応じて昭和五〇年三月三一日付で任意退職し、阿部および稗田は同年五月二七日控訴人との間に金一五万円の和解金の支払を受けることを条件に任意退職する旨の和解が成立した。

3  ところで、被控訴人土井は昭和四一年三月東京電気大学電気工学科を卒業する際に高校の工業普通二級免許を取得し、同荒木は同四五年三月福岡工業大学電子工学科を卒業する際右土井と同種の免許を取得し、いずれも佐伯高校電気科の専任教員をしていたが、土井は本来の電気の授業のほか校長の申請にもとづく教育職員免許法附則二項所定の「教科外教科」の許可をえて、同四二年、同四四年に電気科一年生に対し週四時間の、同四五年に建築科三年生に対し週二時間の、同四九年に機械科三年生に対し週二時間の数学の授業をしていた。荒木は、本来の電気科のほか機械科三年生に対し週四時間の電気一般の授業もしていた。

被控訴人らおよび同人らの所属する学園組合は、同人らを数学担当教員に転用するようにと控訴人に対し要望していたが、被控訴人らはいずれも「工業」以外の普通免許ないし臨時免許も有していないので、電気科が廃科となつた以上「工業」の活用の余地も狭く、またそのままでは「数学」担当に転用することは免許法上許されないところである。

4  昭和五〇年当時佐伯高校には数学専任教員として小野栄、森下玉晴、染矢剛の三名が勤務していたが、右三名は、同年二月二八日被控訴人らが数学担当教員に転用されることを強く希望していると聞き、同年四月以降は学級減により右三名のみで数学実施総時間数の完全消化が可能であり現状のとおり数学を担当したいので被控訴人らの数学担任転用に反対するとの陳述書を提出し、当時の校長矢田武も控訴人理事長宛に右陳情の趣旨を妥当とする旨の副申書を提出した。

その後、控訴人理事会は、同年六月一九日右転用問題について審議し、被控訴人らを数学担当教員に転用した場合は同人らに高校の数学の授業を全部まかせることになるが、同人らの学力も問題とされているうえ、これを問題としたのがほかならぬ現在の数学担当教員であつたから、被控訴人らも含めて数学の一般学力の筆記試験を行う旨決定し、これを被控訴人らに通知したが、同人らは右試験が自己に不利益に行われるものと予想して受験をしなかつた。

5  控訴人は、これに先立ち、工大電気科に被控訴人らの採用が可能かどうか工大に打診したところ、同大の教員資格基準に合わず会議に取り上げるまでに至らなかつたとの返事を受けた。

また、控訴人は、被控訴人荒木に対し、同人の出身地である宮崎実業高校に就職の斡旋をする旨を告げたが、荒木は学園組合が学園内調整に成功し数学担当教員に転用されるものと思つて色よい返事はしなかつた。なお、控訴人も被控訴人らも、控訴人学園において他の事務職員として配置転換する意思も、これを希望するつもりもなかつた。

以上の事実が認められ、右認定に反する原審および当審被控訴人土井、荒木各本人尋問の結果は措信することができない。

そして、以上の事実によれば、被控訴人らは電気科廃科に伴い同人らの所有する「工業」の免許によつて授業活動をする余地はきわめて狭まり、かつ、また他の免許を有していないことから当然には他の教科担当に転用することは困難であつて、余剰人員となつたものと認められる。

四  被控訴人ら主張の権利濫用の抗弁について。

ところで、被控訴人らは、以上のことによつて被控訴人らが余剰人員となるものではない旨或いは余剰人員となつてもそのことで直ちに解雇が正当とされるものでない旨詳細に陳述、反論するので、以下逐一これを仔細に検討する。

1  被控訴人らは、控訴人学園は工大および女子短大を有し、多大な資産を形成しているところ 女子短大は現に廃校状態にあつてその土地建物はいつでも換金しうる状態にあり、また控訴人学園全体としてみれば被控訴人らに対する整理解雇を強行するのでなければ企業そのものが倒産するといつた差し迫つた経済危機にもなかつたから整理解雇の必要性はないと主張するが、当審証人河野明徳、同菅昇の証言によれば、工大では資金面で若干の余裕はあるが、補助金の交付など使途目的が制限されているものが多くこれを他に融通ないし流用することは許されないこと、女子短大は現在生徒募集を停止中であり、その施設は遊休施設同然となつているが未だ廃科と決定している訳でもなく、またその処分も必ずしも容易でないこと等の事実が認められるところ、もともと企業においては、その事業部門の閉鎖或いは人員整理を行うことが企業の運営上、合理的で止むをえない場合にはその必要性を肯認すべきものであつて、企業が自己の財産を処分し、それ自体倒産寸前といつたぎりぎりの状況に到るまで不必要となつた労働力を引き続き手元に置かなければならないと解すべき所以のものではないから、たとえ右の事実があつたからといつて被控訴人らの前示解雇の必要性が解消されるものでもない。

2  つぎに、被控訴人らは、佐伯高校においては、多数の生徒の学力が高校教育の水準からかけ離れて低く、これら低学力の生徒たちに補習を通じて濃密な教育活動をほどこしその理解力を高める必要があるから、被控訴人らが佐伯高校で教育活動をなすべき余地は十分に存するものであつて余剰人員となるものではない旨主張するところ、前掲甲一一号証、当審証人河野明徳の証言、原審被控訴人土井正美本人尋問の結果によれば、佐伯高校では中学課程の学力さえも修習していない生徒がかなりの数を占め、今後十分な教育効果をあげて行くためには生徒一人、一人に個別的な指導を加える必要があることが認められるものの、同時に当審証人河野明徳、同柴田文夫の各証言ならびに弁論の全趣旨によれば、佐伯高校ではかつて免許を有しない教員による授業担当が問題となり、生徒会からもそのような教師の授業を受けないとの申し入れを受けたこともあり、その改善に努めてきたこと、中学課程の学力さえも有しない生徒に対してもこれを指導する教員は正規の資格と学力を有するものでなければならず、このことは正規の授業時間であると補習たるとを問わず同じ理であることが認められ、学力不足の生徒に対する個別的な指導の必要があり、かりに被控訴人らが独自の補習によつて多少の成果をあげたとしても、そのことによつて被控訴人らが免許を有しないまま数学の補習を担当することを正当とするものでもなく、結局被控訴人らの余剰人員性を否定するものではないと言うべきである。

3  被控訴人らは、控訴人はすでに電気科が休科になつた時点で三年後の廃科が予見しえたのであるから計画的な人事配慮をなすべき義務があるのに、被控訴人らの免許で担当可能な科目について新採用をくりかえしただけでなく、被控訴人らの人材を活用するため他の科に転用できるよう新教科の免許取得の措置を講ずべき義務があるのに、これをせず、経営者として当然なすべき解雇を回避すべき努力を怠つたものであると主張するけれども、およそ企業が整理解雇をするに当り、できうる限り人事調整上の配慮をなし解雇を回避するよう努力を尽すべきことは言うまでもないが、前掲各証拠によれば、控訴人は昭和四八年三月ころ、佐伯高校建築、機械両科の教科編成に当つて、両科の科長に対して被控訴人らの免許科目である「工業」(電気)を両科の中に取り入れることができるかどうかを問題として提出したところ、電気一般一単位(二時間)を二単位をふやすことが出来ただけでそれ以上の調整をすることができず、僅かの授業時間の増加がなされたのみで活用する余地もなかつたこと、右両科に欠員が生じた場合に被控訴人らの専攻、免許科目ではこれを十分担当することができなかつたことが認められ、また、前示のとおり、被控訴人らが終始数学担当の教員に転用を希望していたところ、嘱託を含む数学担当の教員は現人員をもつて担当を継続することを希望していたのであつて、このような場合に、控訴人としては、被控訴人らに対して僅かの授業時間の活用しか出来ないのにそのままこれを他の科に転用して新採用を停止しなければならない当然の義務を負うものではない。

元来、新教科の免許取得についてはその事柄の性質上被控訴人らの積極的熱意が先行すべきものであるから、被控訴人らが新教科の免許取得について控訴人学園に積極的な申出をしたのに拘らず、控訴人がこれを黙殺してなんらの努力をしなかつたというならば格別、控訴人としては、被控訴人らからなんらの申出もないのに正規の免許を取得するよう指示ないし指導すべき義務まではないものというべきところ、本件全証拠によつても、被控訴人らが右新教科の免許取得について努力した形跡も窺えない。

右の点に関し、被控訴人らは、控訴人が昭和四七年一二月一一日の学園組合との団交において電気科が廃科になつても教員を解雇しないと確約したため、被控訴人らが単位取得のための努力をしなかつたとしても無理からぬところがあつた旨主張するので、これを検討するに、原審証人小松幹、同鵜木政深(後記措信しない部分を除く)によつても同日控訴人学園の理事である小松幹が「生木を裂くことはしない」と情緒的な発言をしたことは認められるもののそれ以上に控訴人側から不解雇の確約をした事実は認められず、他にこれを認めるにたりる証拠はない。

かえつて、前掲証拠によれば、次の事実が認められる。すなわち、昭和四七年一二月一日、矢田校長から佐伯高校電気科および家政科の生徒募集を停止するとの発表があり、三年後の廃科が予測されたので、早速職員代表者と控訴人理事会の間で数回に亘つて話合が持たれた。同月一一日の話し合いの席上で、学園組合の鵜木政深から被控訴人らを数学担当教員に転用して欲しい旨の要望があつたのに対し、小松理事は当時両科を廃科するについて六名の整理該当者がいたため、これを転用すればせつかく生徒減少による財政悪化を防ぐため経営縮少したのにその意味を失わせることにもなり、また三年先のことを約束することも出来ないと考えて明確な返答はしなかつた。そして、最後に同理事から「生木を裂くような真似はしない」との発言がなされたが、鵜木においては、これを「生木を裂くような真似はしない。解雇はしない。」と受けとり、その後自分の受けた印象を相手に確認することもまして文書を作成することもせず、いきなり職員に対して「基本的には校内で人事調整し、首切りを行わないことを確約した」との文書を作成して配布したが、その席上には被控訴人土井も出席していた。

以上の事実が認められ、右認定に反する原審証人鵜木政深の供述は原審証人小松幹の証言と対比してにわかにこれを措信することができない。

そうすると、右確約があつたことを前提とする被控訴人らの弁明は当をえたものではなく、前記の事実を総合勘案すれば、被控訴人らは自ら数学担当教員に転用を希望しながら、その新教科の免許取得についてなんらの努力もせず、いたずらに手を拱いていたものと認めるほかない。

4  さらに、被控訴人らは前記約束があつたことを前提に不解雇の合意に反する解雇は無効であり、右合意を書面化しなかつたからと言つて信義則上右約束に反する解雇は権利濫用である旨主張するが、前叙のとおり、不解雇の合意ないしそれに相当する約束があつたものとは到底認めることができず、また、被控訴人らおよび鵜木政深が小松理事の前記情緒的発言を誤解して行動していたとしても、そのことによつて、控訴人学園は信義則上の制約を受けるいわれはない。

5  右のとおりであつて、本件解雇の意思表示が権利濫用であることを認めるにたりる証拠はないので、被控訴人らの右主張は採用することができない。

五  以上のとおりであるから、本件解雇は佐伯高校就業規則三五条三号にいう「学校の縮少もしくは組織の改廃により教職員に余剰を生じたとき」に当る止むをえないものであり、なお、本件訴訟の経過ならびに弁論の全趣旨によれば、右解雇に際し控訴人は退職金及び解雇手当を被控訴人らに送付したことが明らかであるから、控訴人が被控訴人らに対してなした本件解雇の意思表示は有効に効力を生じたものと言うべきである。

したがつて、その余の点を判断するまでもなく、被控訴人らの本訴請求ならびに附帯控訴により当審で拡張された請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべく、右と結論を異にする原判決は不当であつて本件控訴は理由があるから原判決を取消し、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高石博良 谷水央 足立昭二)

(別紙)

債権目録

一 土井正美

金一六、九八六、五六〇円および昭和五六年六月以降毎月末日限り金二一二、八〇〇円

二 荒木寿男

金一五、五七二、九六〇円および昭和五六年六月以降毎月末日限り金一八三、六〇〇円

賃金計算表

単位 円

土井正美

昭和50年度

昭和50年9月から

昭和51年3月まで

(イ)本俸

(ロ)年間一時金

125,400×7ヵ月

=877,800

125,400×32ヵ月

=401,280

(但し解雇以降の分のみ)

(イ)+(ロ)

1,279,08

昭和51年度

昭和51年4月から

52年3月

(137,900+3,000)×12ヵ月

=1,690,800

137,900×5.5ヵ月

=758,450

2,449,250

昭和52年度

昭和52年4月から

53年3月

162,700×12ヵ月

=1,952,400

162,700×5.0ヵ月

=813,500

2,765,900

昭和53年度

昭和53年4月から

54年3月

175,800×12ヵ月

=2,109,600

175,800×5.0ヵ月

=879,000

2,988,600

昭和54年度

昭和54年4月から

55年3月

189,400×12ヵ月

=2,272,800

189,400×4.9ヵ月

=928,060

3,200,860

昭和55年度

昭和55年4月から

56年3月

205,500×12ヵ月

=2,466,000

205,500×4.9ヵ月

=1,006,950

3,472,950

昭和56年度

昭和56年4月から

5月

212,800×2ヵ月

=425,600

212,800×1.9ヵ月

=404,320

829,920

昭和50年9月~56年5月までの合計

16,986,560

賃金計算表

単位 円

荒木寿男

昭和50年度

昭和50年9月から

昭和51年3月まで

(イ)本俸

(ロ)年間一時金

(ハ)諸手当(家族手当)

107,200×7ヵ月

=750,400

107,200×3.2ヵ月

=343,040

家族手当

配偶者2,500×7ヵ月

=17,500

第1子1,000×7ヵ月

=7,000

計24,500

(イ)+(ロ)+(ハ)

1,117,940

昭和51年度

昭和51年4月から

52年3月

(117,900+3,000)×12ヵ月

=1,450,800

(117,900+6,000)×5.5ヵ月

=681,450

家族手当

配偶者4,000

6,000

第1子2,000

6,000×12ヵ月

=72,000

2,204,250

昭和52年度

昭和52年4月

53年3月

138,800×12ヵ月

=1,665,600

(138,800+8,200)×5.0ヵ月

=735,000

配偶者6,000

8,200

第1子2,200

8,200×12ヵ月

=98,400

2,449,000

昭和53年度

昭和53年4月

54年3月

149,800×12ヵ月

=1,797,600

(149,800+10,300)×5.0ヵ月

=800,500

配偶者8,000

10,300

第1子2,300

10,300×12ヵ月

=123,600

2,721,700

昭和54年度

昭和54年4月

55年3月

161,700×12ヵ月

=1,940,400

夏(161,700+11,700)

×1.9ヵ月=329,460

冬(161,700+14,400)×2.5ヵ月=440,250

年度末(161,700+14,400)×0.5ヵ月

=88,050

計857,760

配偶者9,000×12ヵ月  =108,000

第1子2,700×12ヵ月  =32,400

第2子2,700×8ヵ月  =21,600

計162,000

2,960,160

昭和55年度

昭和55年4月

56年3月

176,300×12ヵ月

=2,115,600

(176,300+18,000)×4.9ヵ月

=952,070

配偶者11,000

第1子 3,500 18,000

第2子 3,500

18,000×12ヵ月

=216,000

3,283,670

昭和56年度

昭和56年4月

5月

183,600×2ヵ月

=367,200

(183,600+18,000)×1.9ヵ月

=383,040

配偶者11,000

第1子 3,500 18,000

3,500

18,000×12ヵ月

=36,000

786,240

昭和50年9月~56年5月までの合計

15,572,960

原審判決の主文、事実及び理由

主文

一 原告らが被告学園佐伯高等学校の教員たる地位を有することを確認する。

二 被告は原告らに対し昭和五〇年九月以降毎月末日限り別紙目録記載の各原告名下の金員を支払え。

三 訴訟費用は被告の負担とする。

四 この判決は主文二、三項に限り仮に執行することができる。

事実

第一申立

一 原告ら

主文第一ないし第三項同旨の判決並びに同第二、三項につき仮執行の宣言

二 被告

(一) 原告らの請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二請求原因

一 被告は、学校法人であり、昭和三〇年四月に佐伯市字野岡一二四二六に佐伯高等学校(以下単に佐伯高校と言う)を創立し、以後これを経営しているもので他に大分工業大学(以下単に工大と言う。)、大分女子短期大学(以下単に短大と言う)、同附属幼稚園を各経営している。

原告土井正美は、昭和四一年三月、東京電気大学工学部電気工学科を卒業し、同年五月に又、同荒木寿男は、同四五年三月、福岡工業大学電子工学科を卒業し、同年四月にいずれも佐伯高校教員として被告に雇傭され、同教員としての地位にあつたものである。

二 被告は、昭和五〇年八月七日原告らに対し、被告学園佐伯高校就業規則三五条三号所定の「学校の縮少もしくは組織の改廃により教職員に余剰を生じたとき」に当るとして、同月一一日で原告両名を解雇する旨の意思表示をなし(以下、本件解雇と言う。)、以後原告らが被告学園の教員であることを争い、昭和五〇年九月以降の賃金を支払わない。

第三請求原因に対する答弁

請求原因事実は認める。

第四抗弁

一 被告は原告らに対し請求原因二に記載の通り解雇の意思表示をなした。

右解雇は佐伯高校電気科の廃止に伴い電気科専任教員が余剰となつたため止むを得ずなしたもので、前記就業規則に依拠し正当であることは以下記載のところから明らかである。すなわち

(一) 解雇に至つた経緯について。

1 佐伯高校は昭和三〇年四月設立に際し、家政科、林業科、造船科、建築科の四学科を有していたが、翌三一年に普通科、商業科が、同三五年に土木科と本件電気科とが、同三八年に機械科が増設せられるに至り、本件電気科の入学者数も昭和三五年が七八名、同三六年が五五名、同三七年が八六名、同三八年が七八名、同三九年が一二六名と各増加の勢にあつた。

しかし昭和四〇年以降は同年が一〇三名、同四一年が五〇名、同四二年が五四名、同四三年が四七名、同四四年が四一名、同四五年が五三名、同四六年が三一名、同四七年が二四名と激減するに至り、同四八年度には入学者増は望まれず、むしろ減少が予想され、学科として成立つことが困難となつた(乙一五号証)。

以上のような状態であつたため、被告学園は昭和四八年をもつて本件電気科の生徒募集を停止した。

尚、入学者の減少による生徒募集の停止は右電気科に限られた事例ではなく、昭和三六年度からは林業科が同四四年度からは造船科、土木科が昭和四八年度からは本件電気科の他、家政科も生徒募集を停止しているものである。

そして右の生徒募集停止の結果、本件電気科は家政科と共に昭和五〇年三月、三年生の卒業により在校生が全くいなくなつて、右両科共、学科を廃止するの止むなきに至つた。

2 被告理事会は右廃科に先立つ昭和五〇年二月六日上提された「佐伯高校の昭和四八年度およびそれ以前より生徒募集を停止している前記五学科の廃止について承認を求める件」と題する議案につき審議の結果、前記のとおり昭和五〇年度中に右廃止手続を採ることを承認決定し、被告は、右決定並に学校教育法施行規則第二条第四号、同第七条の二に基き昭和五〇年七月一〇日頃、同日付を以つて大分県知事に廃止届をなし、これに対し同月二〇日付の受理書が交付せられた。

3 ところで右電気科の専任教員は原告両名の他、訴外野村成行の三名で、家政科専任教員は訴外阿部由紀子、同稗田りつ子、同菅初枝の三名であつたため、被告は、右六名が前記廃科に伴う余剰人員であると判断し、昭和五〇年二月七日の理事会において右六名に対し退職を勧奨することに決定し、これを実施した。

そして前記野村と菅とは右勧奨に応じて同年三月三一日付で任意退職願を出すことを承諾し、他の者らはこれを拒絶した。

4 そして、被告は、同年二月二五日、原告らの退職勧奨の件につき原告らの所属する佐伯学園労働組合(以下単に学園組合と言う。)と団体交渉を持つたが、同組合は被告に対し原告両名を数学担当に転用せよと要求した。

5 しかし被告が同月二七日、前記組合とは別個組織である佐伯高等学校教職員組合(以下単に高校組合と言う。)と団体交渉したところ、同組合より口頭で前記学園組合の数学転用要求には応ずべきでない旨の申出がなされ、同日、更に同高校組合委員長染矢剛からも電気科担当者で他の教科で必要とされない者から先ず整理すべきである旨の要望書が提出されるに及んだ。

又、数学担当専任教員である訴外森下玉晴、同小野栄、同染矢剛の三名から同月二八日、被告理事長宛に「電気、家政両科の廃止で昭和五〇年度から二学級減となり昭和四九年度の数学科専任教師三名のみによる数学の実施総時間数の完全消化が可能となつた。又昭和四九年度は電気科担当の教師一名に四時間(二学級)の実施を依頼していたが、専門外で成果が上がらず生徒の不満も強く、教科の立場上、困まつていたのでこの際、昭和五〇年度の数学科は前記専任の三名のみで担当させて欲しい。若し右が不可能な場合は数学教育に充分の能力ある者の配置を願いたい」旨の陳述書までが提出せられるに至つた。

6 そこで被告理事長は、同年三月七日の理事会において原告らへの退職勧奨と学園組合との団交の経過並に前記陳述書に関し、報告をなし、審議を求めたところ、理事長より「学園組合と高校組合との意見が対立している以上、一方の組合の意見だけを採用することはできないし、数学科担当教員と校長とは電気科教員を数学担当に転科させると、佐伯高校の数学教育が低下し、教育内容の充実を重点目標として努力していることへの障害となる旨陳述している。又高校教育は教科担任制であるから原告ら両名を数学担当とすることはこの点からも考慮出来ない」との意見も出て、結局、原告らに対しては今後も退職勧奨を続けることに決定した。

7 そこで理事長が同月一九日、佐伯高校校長室において矢田同校長同席の上原告らに対し退職勧奨を行い、その際同人らに被告外の他の職場えの転職を希望するなら、これにつき努力する旨伝えたが、原告らは右勧奨に応じなかつた。

8 そこで同月二六日の理事会で原告らの処偶につき審議をなした結果、暫定的取扱として四月からの新学期では原告両名に従前原告荒木が週四時間担当していた機械科の電気一般の授業を担当させる、しかし右以外の授業は分担せず、校務分掌も持たせないで退職勧奨を続けることに決定した。

9 そこで、これと並んで被告は同月三一日付で訴外阿部、同稗田に対いし前記就業規則第三五条三号により解雇する旨の通知をなし右につき学園組合から右両名に各給料二ケ月分相当の解決金が提供されるなら依願退職させる旨の申出がなされ、交渉の結果、被告において同年五月二七日金三〇万円を右両名に支払つて、同日付を以つて右両名は退職願を提出してこの方は解決したものである。

10 しかし原告両名につき依然問題が未解決のままであつたため、同年四月四日、同二二日と学園組合とこれにつき団体交渉を持ち、原告らが退職勧奨に応じてくれるよう申入れをなしたが、組合側はこれに応ぜず、反つて従前通りの数学担当への転用をしきりに要求する状態であつた。

11 そこで被告は次に予定せられていた同年六月一九日の団交に先立ち、同日理事会を開いて原告らの前記転用問題につき審議したところ、同理事会は、「原告ら主張のように数学担当教員に転用した場合は同人らに高校数学全部の授業をまかせることになる。しかし原告らの数学についての学力も問題となつており、又これを問題としたのは現在の数学担当教員であるから、この際原告両名並に前記数学担当教員中、高校教諭免許状を有し、経験年数一〇年以上の者を除くその余の者らにつき高校数学担当教員としての数学の一般学力の筆記試験を行うことにする。」旨の決定をなした。

尚同問題については大分県教育委員会の数学担当指導主事に同作成方を依頼することも決定せられた。

そこで被告は同日の組合との団交において学園組合に対し前記理事会の決定を告げ、原告らにつき数学の学力の点が疑問視されているのであるから、数学につき試験する必要がある旨申入れた。

12 そして被告は同年七月一日付で原告ら両名並びに訴外森下、同染矢に対し「佐伯高等学校の数学担当教員及び数学担当へ転用を志望する教員の学力考査のための筆記試験実施について」と題する通達によつて「昭和五〇年七月四日、午后一時より大分市大字一木、大分工業大学会議室において高校数学担当教員としての一般学力に関し試験する」旨通知した。(但し訴外小野栄は高校教諭普通免許状を有し経験年数も二〇年を超えているため、これを除外した。)

しかるところ前記森下、同染矢は受験したが、原告両名は何れも所定時刻に所定場所に出頭せず受験しなかつたものである。

13 右の如くであつたため、被告は、同年七月二一日理事会を開らき原告らの処置につき審議したところ、「原告ら両名は、電気科廃止決定により同年三月三一日を以つて解雇すべきところ、教員間の紛争の回避と原告らを学園以外の他職場に転職させ得ればと考えて現在まで退職勧奨を続けて来た。

しかし、原告らは、右勧奨にも又転職についての話合いにも応じようとしないので、今後も以上のような状態を続けて行くことは出来ない。原告ら両名につきもう一度退職勧奨を行い、同人らがこれに応じないときは、同人らを学科廃止のため前記就業規則三五条三号により同年八月一一日付を以つて解雇する。」旨決定せられた。

14 そして被告理事長は同年八月七日、被告法人本部事務局において原告らに面会し、同人らに退職勧奨を行つたが同人らがこれを拒否したため同人らに対し同日付の、「解雇期日、昭和五〇年八月一一日、解雇理由、佐伯高等学校就業規則第三五条三号、学校の縮少もしくは組織の改廃により教職員に余剰を生じたときに当る。」旨記載した解雇通告書と退職金及び解雇手当他と記載した支給金額明細の書面とを読み上げて告知し、もつて同人らを解雇したものである。

尚原告らは同書面を受取ろうとせず机の上に置いたまま退室したため被告は念のため同日中に右通知書記載内容と同旨の書面を内容証明郵便にて原告らに送達し、又退職金等も為替書留郵便で送付した。

第五抗弁に対する答弁

一 抗弁(一)の1の事実中、佐伯高校が昭和三〇年設立され、被告主張の学科が設けられたこと、又同学科中被告主張の各学科が生徒募集を停止し、その後廃科となつていることは認める。

しかし廃科の原因の点は争う。

二 同2の事実は不知。

三 同3の事実中原告両名が電気科専任教員である点は認める。

四 同8の事実中被告主張の頃原告らが教務分掌をさせてもらえなかつた点は認める。

五 同12の事実中原告らが被告主張の受験をしなかつたことは認める。

しかし原告らに何の準備期間も与えず現に数学を専門に担当している者と同列でその学力を比較しようとする発想自体が不公正であり、被告は原告らを解雇する意思を明確にしているのであるから同試験の評価が公正に行われるとも思えない。

従つてこれを受験しなかつたことは正当であつて、この故を以つて原告らが転用への道を自から閉ざしたと言うことは当らない。

六 その余の抗弁事実は争う。

第六抗弁に対する原告らの反論

一 被告の本件解雇は整理解雇の有効要件を欠いているので無効である。すなわち

(一) 整理解雇とは労働者側に帰責事由がなく、使用者側の一方的都合によつて行われるものであるから、他の解雇事由による以上に厳しい条件が要求されるべきであり、これが有効であるためには、第一に長期的な経営不振に伴い合理化を行わなければ企業が倒産に至るなど回復し難い打撃を蒙ることが必定でこれを回避するには企業整備をする高度の必要性が現存すること。第二に経営者が右の状況打開のための最大限の経営努力を尽くしたこと。第三に経営者が安易に整理解雇によることなくこれを回避するために企業全体のレベルにおいて配置転換、労働時間の短縮、任意退職募集等の人的資源の有効利用に努めたことの各要件を具備していることを要するものである。

しかも本件の如く教員を解雇するにあつては右条件の他教育基本法六条二項の「教員の身分の尊重と適正待遇保証」の規定の趣旨に照らし企業にとつて一層の経営上の切迫した整理解雇の必要性を要するものである。

二 そこで、これを本件解雇について見るに、被告としては前記何れの要件、すなわち法人全体として解決方法を見出そうと努力しても、倒産回避のためには整理解雇による以外方法がないとの必要性の点並びに同解雇回避努力の点につき主張、立証を欠いているので到底右解雇通知を有効と解することは出来ない。その詳細は次のとおりである。

(一) 被告は前記高校の他、生徒急増期において原告らの低賃金、長期労働の犠牲の上で資本を蓄積し、昭和四〇年頃に女子短大を、同四二年に工業大学を設置したものである。

そして、右女子短大は、現在廃校状態にあつて同土地建物は遊休資産となつており、何時でも換金し得る状況である。

しかも被告は、組合側の要求にもかかわらず、学園全体として経理状況を明確にしようとせず、又被告は生徒数も減少したが、教員もその過程で解雇されるなどして減少しており合理化の一環としていわゆる嘱託制を拡大して収益率を向上させてもいるのでこれらの諸点から判断すると、被告企業にとつて整理解雇を強行するのでなければ企業自体が倒産すると言つた差し迫まつた経済危機にあるとは考えられない。(乙一八号証の教員一人当りの生徒数比較は上記労働条件の差を無視し、且つ大分、別府等の都市部の数字との比較にもなつているので不相当である。)

被告の右のような良好な経済状態下で原告らを整理解雇しようとする行為は正に学園が取得した自己の財産には一指だに触れずその財産取得のため寄与したと推認すべき教員にのみ犠牲を強いるものと言わざるを得ない。

(二) 又仮に整理解雇が有効であるためには企業にとつて前記の如き「回復し難い打撃」の発生まで要求せられないとしても教育事業の本質から考えて右電気科の廃科により原告らが余剰人員となるものではない。

すなわち被告の多数生徒の学力は、おおよそ高校教育の水準からかけ離れて低く、これら低学力の生徒たちに濃密な教育活動を施しその理解力を高めることこそ教育事業の使命と考えられる。

従つて教育の質の向上と言う点から考えるならば、原告らが右電気科廃科により余剰となることはなく、被告学園内で原告らに働いてもらう余地は充分過ぎる程あり、又前記被告の資産状態から考えてもこのことは充分可能と言うべきである。

(三) 確かに右に関連して原告らは被告主張の通り数学科、普通免許等を持つていないけれども「工業」の普通免許を持つているので必要な助教諭免許は何時でもこれを取得し得るものであり、又「工業」の前記免許で担当可能な教科は他に多数存在していたものである。

又数学の学力の点についても原告土井は同高校で五年間も数学の授業を担当しているし、原告荒木も「工業」と言う理数科系の免許を取得している点から判断しても暫らくの準備期間さえ与えられるならば、充分数学の授業をなし得たものである。(現に被告はかつて他教員が免許取得のため勤務時間を割いて工大で授業を受けることまで許している。)

この点に関し前記数学科教員らが原告らの転科につき反対しているけれども、右反対には第二組合の委員長染矢が加わつていることや被告の示唆も影響していると思われるので、これを以つて原告らに能力なしと判断することは出来ない。

以上のとおりであるので原告らの数学科への転用は充分可能であり教育の質の向上の点から考えると決して余剰人員となるものではない。

三 しかるに被告は以下記述の如く解雇回避のための充分な努力を尽くしていない。すなわち

(一) 被告は原告土井が長く学園組合とその上部団体である私教連の役員であること、又同荒木も前記組合の組合員であることに敵意を抱き、すでに電気科が昭和五〇年で廃科となることを昭和四七年休科となつた時点で確実に予見し得たにかかわらず原告らが他の科に転用できるよう配慮しようともせず反つて原告らの新教科の助教諭免許取得につき前記他教員の工大での単位取得への協力と同様の措置を講ずることをせず、意識的に原告らにつき転用に関し免許上の障害を作出したものである。

(二) 被告は原告らが単位取得等の努力をしなかつた旨主張するけれども、被告において配転の方向を明らかにしてくれない以上、努力のしようもないものであり、しかも後記のとおり被告は、昭和四七年一二月一一日の組合との団交において廃科の故に原告らを解雇するようなことはしない旨確約し、その後、転用の意向もそのための指示も示していないものであるから原告らが転用に備えて努力しなかつたのは止むを得ないところと言うべく、これら回避努力をしなかつた被告の責任こそ教育基本法の趣旨に反するものとして追求さるべきである。

現に被告らの右配慮のなされていない事実は教務部長柴田が理事会並に同校校長から原告らの処遇につき何ら意見を徴されていない事実や理事会に原告土井の数学担当実績が報告されておらず本件解雇が右実績なしとの前提のもとになされている点からも明らかである。

現に、被告においてその意思さえあれば充分な転用をなし得た事情として以下の如き事実もある。すなわち数学担当の小野、森下両教諭は昭和五〇年三月末日で停年を超えていたのであるから、若し被告において転用の気持さえあれば同人らを直ちに解雇することなく同人らの持ち時間を減らして原告らに同時間の授業を担当させ、経験を積ませて同森下らの勇退を待つと言う円滑な人事調整を行ない得たものであり、このことは小野教諭が昭和五〇年に辞職しその後染矢助教諭が死亡したことにより直ちに現実の問題となつているものである。

しかるに被告らはかかる現実的解決方法すら考慮していない。

第七原告らの再抗弁

一 本件解雇は、権利の濫用として無効である。

被告が解雇回避のための努力を一切なしていないことは前記のとおりである。

しかも被告は昭和四七年一二月一一日の学園組合との団交において電気科が廃科となつても教員は内部調整で解決し、解雇はしない旨約束している。

従つて、右約束に反した本件解雇は無効である。

すなわち原告らは右団交前の昭和四七年一二月五日開催の職員会議において学校側が身分保障を確約しない限り生徒募集を強行する旨理事長らに強く申込むべきだとの決議(甲一〇号証)をなし、同旨要望書を被告法人事務局に提出したものであるが、理事長が同月八日電気、家政両科の教員に対し校長を通じて身分保障する旨通知し、又同旨報告が職員会議にもなされたるため、同職員会議でも生徒募集強行方針が撤回され、又同日以降昭和五〇年に至るまでの間、団交の席で合理化問題がとり上げられることはなかつたものである。

右事情に照らせば仮りに前記約束が書面によつたものではないとしても信義則上同約束に反してなされた本件解雇は無効と言う他ない。

二 仮に、右主張が認められないとしても、右不解雇の合意に反する解雇は無効である。

第八再抗弁に対する被告の答弁並に再反論

一 再抗弁事実は否認する。

二 原告らの前記第六の二の(一)について。

原告らは女子短大が廃校状態であるから同短大の遊休資産を処分しこれによつて得た資産を以つて原告らの雇傭を継続し得るかの如き主張をなしているが同短大は廃校となつているわけではなく文部省の了解を得て現在学生募集を一時停止しているに過ぎない。

従つて学生募集を再開することも考えられ、同土地建物は大学設置基準に適合するものとして保有せられているものである。

又大分工業大学の経費を以つて佐伯高校の教員たる原告らに対し給与その他の人件費を支出することは、同大学が経営安定のため国庫補助として私立大学等経営費補助金の交付を受け又その関係で国から適正なる財政運用が求められ、会計検査も受けている現状から言つて、到底不可能なところである。

又原告らは佐伯高校経営によつて得た収益をもつて同大学、短大等が設置されたかの如き主張もなしているけれども失当である。けだし大学、短大等の設立については学校教育法所定の大学設置基準に従つて監督官庁たる文部大臣に設立認可申請をなし、同大臣はこれを大学設置審議会に付してその認可の可否を諮問し、現地調査を含む厳密な調査がなされ、同答申を待つて設立認可となるものであるが、財政上の問題も厳しく調査され、設立予定の大学、短大が既存の佐伯高校と別途資産により財政運営のなされていることが確認されたが故に、同設立認可を受け得たものである。

逆に言えば同大学、短大の設立が同高校の財政を圧迫するとか高校財産がこれに流用せられていると言うことが調査の結果判明したときは同設立認可がなされるわけがない。

三 同二の(二)について。

原告らは被告に「資力」があるので原告らに他教科の教員免許をとらせ経験を積ませるなどして被告学園内で転用が可能である旨主張している。

しかし現在の私立学校の経営は苦しく限界に達しているような状態で、このことは大分県の高校進学者数が減少し(乙一五号証)私立中津高等学校も廃校が決定していることから見ても明らかである。

私立校としては、国県の補助金なくしては自立し得ない状況下にありしかも右補助金を受けるためには学校経営の合理化が必要条件となつているもので所管庁からも同旨指導がなされているところ、本高校は大分県南公私立高校中第一の教員充足率(乙二三号証)を示しており到底何時新教員免許を取得し得るともわかりかねる原告らを右取得のために多年に亘り雇傭しておくことは出来ないし、又教育の質の向上のためにも雇傭しておくことは妥当でない。

反つて、教員確保法案成立後は教員の待遇改善と併行して教員の質の向上も問題とされているところ(現に学園組合は公務員以上の待遇を要求している)、電気科科目以外の教員免許を有せず、しかも他学科の教員免許を取得し得る見込みもない原告らを教員として学園内にとどめ数学教科を担当させることこそ右教員の質の向上に反し学校運営の安定を無視する結果となる。

四 同二の(三)と同三の(一)、(二)について。

原告らは教職員免許法(以下単に免許法と言う)第四条により「工業」の教科について高等学校免許状を有するけれども「数学」「理科」についての免許を有しておらず又学歴も電気に関する専門の工業大学を卒業しているもので被告も同人らを電気科で電気に関する教育を行なう教員として採用したものである。

原告らは、昭和五〇年二月の電気科廃校決定後の団交において佐伯高校の「数学」又は「物理」への転用を求めているが、前記のとおり同人らは右教科免許を有していないので前記免許法三条、二三条により同教科を担当出来ないことは明らかである。

確かに原告土井はかつて免許法附則二条による教科外教科として「数学」の授業を短時間担当したことはある。

しかし、原告は、従前これを根拠に数学科への転用を要求したことはなく、本件訴訟の証人尋問の段階になつて初めてかかる要求を出して来たもので、しかも前記法二条による措置は例外のケースとして許される措置であるところ、原告土井は電気科廃科によつて本来の担当教科たる「工業」の担当がなくなつたのであるから、前記二条による教科担当は許可さるべくもないし、又電気科以外の「機械科」の「電気一般」の授業を僅か週二時間担当したからと言つて前記二条の教科外教科の担当が法上なし得るものではない。

従つて原告らとしては数学、物理への転用を希望する以上同免許をあらかじめ取得しておくべきであつた。

原告らはこの点に関し被告側において右免許が取得出来るよう配慮すべきであつたのにその点の努力がなかつた旨主張しているけれども大分工業大学には本来の講座内容より「数学」「物理」の教職員課程を履修させることができない。

又原告ら主張の「被告が前記大学で講座を開らき一部教員に教育免許取得の便宜を与えた」との事例は「工業」の臨時免許状(免許法五条)を有する教員に同普通免許状を取得したいとの強い希望があつたので、被告がこれに応じ同大学にそのための講座開設につき協力を求めたという事例であつて本件とは事案を異にするものであり、上記のように、前記大学に原告らの希望する講座がなく、又数学等の免許取得につき原告らが明白な希望も表らわしていない以上、あえて被告の方で進んでそのような機会を与える義務はない。

現に、原告らは、前記臨時免許状を取得するための請求手続すらとつていないものである。

原告らは、過去に、土木科、造船科の在学生がいなくなつた時(乙一五号証)右二学科の教員がいずれも学園組合に属しながら依願退職し、又同組合もこれを争わなかつた事実をよく了知していた筈であり、原告らにおいて教職課程のある施設を利用して転用に備えて必要免許を取得しておくべきであつた。

五 被告に解雇権の濫用のなかつた事実について。

(一) 原告らは不解雇の合意があつた旨主張するけれども従前学園組合は被告と交渉の結果合意が成立した場合には常にこれを書面に作成している(乙二一号証の一ないし一四)もので現に家政科職員二名の退職についても同組合は書面を以つて被告に和解を申し込み、又合意成立の結果これを労組法一四条所定の書面(乙七号証)としているものである。

しかるに、前記合意については、これを証する書面はなくこれらの点から判断しても原告ら主張の如き合意の存在しなかつたことが明らかである。

(二) 他に本件解雇が信義則に違反するものでないことの証左として、次の事実がある。すなわち、第一に被告は前記の如く何度も退職勧奨を行なつて来ているものであり、第二に被告は、右勧奨中において原告らに対し就業規則所定の退職金の他、同額の二割を増積みする旨、又解雇通告後は更に本俸の二ケ月分を加算する旨をも告げているし、右申入れが妥当であることは前記家政科職員の和解金が一人当り金一五万円であつた点からもうかがわれるところである。第三に、被告は前記の通り原告らを電気科生徒が皆無となつた昭和五〇年四月一日から前記八月一一日までの間、円満退職を期して同人らに従前通りの給料を支払い、又機械科の「電気一般」の授業を担当させてもいるものである。

以上のとおりであるので本件解雇が権利の濫用に当るわけがない。

第九証拠〈省略〉

理由

第一 請求原因事実については当事者間に争いがなく、又抗弁事実中佐伯高校が昭和三〇年設立され、被告主張の各学科が設けられたこと、又同学科中林業科、造船科、土木科、電気科、家政科が被告主張の頃生徒募集を各停止し、その後廃科となつたこと、原告ら両名が右電気科専任教員である点並に被告主張の昭和五〇年七月四日の試験を受験しなかつたことについては当事者間に争いがない。

第二 右争のない事実と成立に争いのない乙一五号証、同一七、一八号証、証人小松幹、同河野明徳の各証言等を総合すると抗弁一の(1)の1の事実(ただし、佐伯高校が、昭和三〇年設立され、被告主張のとおりの学科が設けられたこと、及び同学科中被告主張の各学科が生徒募集を停止し、その後廃科となつていることは当事者間に争いがない。)別表一ないし三記載のとおり昭和四七年から同六〇年までの佐伯高校の校区である佐伯市、南海部郡の中学の卒業者数は大分県教育委員会作成の統計資料を基に試算すると、昭和四七年度において二、〇一二人であつたのが年毎に減少して同五〇年には一、七五四人となり、以後、同五二年に一、六八三人と増加する以外は何れの年も一、六〇〇人を下廻る数字にしかならないこと、又佐伯高校の昭和五〇年から同五二年にかけての普通科商業科建築科機械科の各入学者数も別表三記載の通り昭和五一、五二年両年とも同五〇年のそれをかなり下廻つていること、そして、同原因はベビーブームの終了と産業界が昭和四〇年代初め頃までは自己の高度経済成長にあわせて教育界に高校職業課程卒程度の人材確保を要求し、教育界もこれに応えて高校の職業課程を多様化して来たところ、同四〇年代後半に入るにつれ、ベビーブームも去り、又経済が安定成長に転ずるに及んで、右多様化傾向が高校から大学段階へと移つり、中学生の進学希望も職業課程から普通科課程に大きく移動したことが原因と考えられ、右傾向は、今後長期に亘り固定したものとなるように思われること。

以上の諸事実が認められ、(他に、右認定を左右するに足る証拠はない)、これら認定諸事実を彼此勘案する限り被告が昭和四七年自己の経営合理化のため電気科の生徒募集を打ち切り、同五〇年七月一〇日頃大分県知事に右廃科届を提出してこれを廃科した行為は、経営上の責任者として止むを得ぬ措置であつたと考えられる。

第三 そこで、次に、被告が昭和五〇年八月一一日右廃科に伴い、原告ら両名を整理解雇する必要性があつたかにつき以下検討する。

一 前掲各証拠の他、成立に争いのない乙一号証、同七号証、証人河野明徳の証言によつて真正に成立したことの認められる乙三号証ないし五号証、原告土井、同荒木各本人尋問の結果とを総合すると

1 被告は、昭和三六年に林業科同四四年に造船科土木科そして同四八年に電気家政両科の各生徒募集を又昭和四七年には女子短大の方の生徒募集をも停止したこと等により授業料収入が減少し、その上、高校への公の助成金も右生徒減に応じて減少することとなるので、これによる被告の経常収入の減少はかなりのものと思われる上、経常支出の面では、設備投資による支払利息、固定資産税等の不変費用が右に比例して減少するものでもないので、将来の生徒増の見込みもないことを考え合わせると、被告の財政状態は当時かなり苦しいものであつたことが推察されること。

2 被告は、人件費の面でも講師或は嘱託による授業時間を増やすことにより、かなりの合理化を行つて来ておりその結果、当初一〇〇名程いた教員も嘱託を除き昭和五〇年当時、四、五〇名程にまで減じて来ているものの、それでもまだ佐伯高校の昭和五〇年当時の教員一人当りの生徒数は一六・七人であつて、同年における大分県内私立高校一六校のそれが平均二一・一人であることに比すれば、まだ不経済な点があると言うべく、同校にとり教員数を今以上に増やすことには経営上相当困難の伴うであろうこと、現に、数学科には訴外小野栄、同森下玉晴、同染矢剛ら三名の専任教員がいて、しかも、同人らは、昭和五〇年二月二八日連署の上、被告理事長あてに数学の授業は同年四月以降右三名のみで担当したいので原告らの数学科転用に反対する旨の陳情書(乙四号証)を提出し、当時の同校校長矢田武も理事長あてに右陳情の趣旨を妥当と考える旨の回答書(同五号証)まで提出していること、

3 原告土井は、昭和四一年三月東京電気大学電気工学科を卒業する際、高校の工業普通二級免許を取得し、同四一年五月佐伯高校に教諭として採用され、電気科の教諭として同五〇年まで授業をなし、同荒木は、同四五年三月、福岡工業大学電子工学科を卒業の際、同土井と同種の免許を取得し、同年四月同校に教諭として採用され同五〇年までの間弱電関係の授業を担当していたこと。

但し両名とも右以外の普通免許も又臨時免許(教育職員免許法四条、五条)も有していないので、電気科が廃科となつた以上、そのままでは同人らの要望通り数学科に転用されることは免許法上不可能と考えられること、

4 右電気科と同時に廃科となつた家政科の教諭訴外阿部由紀子と同稗田リツ子は、昭和五〇年五月二七日被告と各金一五万円の和解金の支払を受けることを条件に、同校を任意退職する旨の和解をなしていること、

以上の事実が認められ、右認定事実のみから判断すると、確かに本件解雇も一応の理由があるかに見受けられる。

二 しかし、前掲各証拠(但し証人小松、同河野の証言については後記認定に反する部分を除く)の他、成立に争いのない甲一六号証ないし二二号証、証人鵜木政深の証言によつて真正に成立したことの認められる甲四号証、同六号証ないし九号証、証人平正信の証言によつて真正に成立したことの認められる甲一〇号証、原告土井本人尋問の結果によつて真正に成立したことの認められる甲一一号証、同一三号証、証人矢田武(但し後記認定に反する部分を除く)同鵜木政深、同平正信の各証言を総合すると、以下の如き事実も認められる。

すなわち

1 昭和五〇年四月当時における佐伯高校数学専任教員の免許資格、身分、年令等をみると、訴外小野が数学普通免許を有する他は、訴外森下も同染矢も何れも数学については臨時免許しか取得しておらず、特に同染矢は、昭和四一年から同四三年までの間何らの免許なしに数学を担当し、同四四年、四五年は英語の臨時免許に基づいて教育職員免許法附則二項の教科外教科担当として数学を教えていたこと、その他訴外清末哲士は工業の臨免により数学を担当までしていること。

又前記小野は、昭和五〇年四月当時六八歳で一年契約の嘱託の身分であり、同森下も当時六〇歳に達していたため同校就業規則により同年四月以降は矢張り前記小野同様の身分になること、

そして、前記小野は、同年七月三一日頃までに辞意を抱いており、同年九月三一日には被告の正式の承諾を得て同校を退職していること、

2 一方、原告土井は、本来の電気の授業の他、昭和四二年、四四年に電気科一年生に対し週四時間の、同四五年に建築科三年生に対し週二時間の、同四九年に機械科三年生に対し週二時間の数学の授業をなしており、しかも同授業は前記附則二項所定の校長の申請に基く許可を得て行われていること、

3 又原告の荒木は、本来の電気科の授業の他、昭和五〇年四月までの間機械科三年生に対し週四時間の電気一般の授業をなしており又電気関係の授業ではやはり相当程度の数学の使用が必要となつていること、

ところで、電気科の廃止に伴う余剰教員の合理化について、矢田校長の意見では同原告を事務部局或は就職指導担当の係に転用することは可能であつたかに思われる上、小松理事も同原告が年令も若いため、工大への転用も考慮しその旨工大側に交渉したが同原告のこれまでの学校側との紛争が原因で工大側の承諾を得られず、結局、転用の目的を達し得なかつたこと、

他方、工大の事務職員が本件解雇以後は前記四時間の電気一般の授業を受け持つていること、

4 原告土井が前記のとおり数学を担当したのは、特に、同人の方が原告荒木より同教授につき優れていると言う理由によるものではなく、条件としては平等のものと考えられること、

5 前記小野の退職により、同五〇年九月一杯は森下、染矢の二人で数学の授業を担当していたが、同年一〇月一日付で被告が同年福岡教育大学を卒業したばかりの訴外園田を一年契約の数学の嘱託として採用したため同日頃からは再び以上三人で数学の授業を担当するに至つたこと

この点からみて数学科の授業のためには少くも三人の教員が必要であると考えられること、

6 なお、被告は、昭和四七年に電気科生徒の募集を打切つた際、三年後の昭和五〇年に同科を廃科せざるを得ないであろうことは過去の実績と統計資料とからみて、充分これを予知していたものと思われること、

7 佐伯高校における昭和五〇年四月から七月までの間の六五四名の全生徒を対象とする数学のテストでは、「42+56」の計算のできない生徒が九名、「5×6」の計算のできない生徒が七名あり、「48-0.0048」の計算のできない生徒は二九〇名、すなわち全体の四四・四パーセントにものぼり、学力に問題のある生徒が多いこと、

以上の事実が認められ、前掲証拠中右認定に反する部分はたやすく信用できないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

三 以上一、二で認定の事実を綜合して判断するに、後記認定のとおり、被告が、原告らを直ちに解雇しなければならない程経経的窮地にあるとは思われない点を考慮すると、被告において、高校教育の本来の目的と指導理念を遵守し、これに基づき、昭和四七年以降において長期に亘る安定かつ責任ある教育を生徒らに授ける意思とこれに必要な人的物的設備に対する合理的配慮とが必要であり、これを前提とすれば、前記小野に昭和五〇年頃までに勇退を求め、その後任として原告土井をそれまでに数学の臨免、出来れば普通免許を得させて数学科に転用させることは充分に可能であり、妥当な措置でもあつたと考えられるし、又原告荒木についても訴外森下も相当の年令であるから同人が勇退するまでの間暫くは右四時間の電気一般の授業を行わせ、原告土井同様に数学の臨免をとらせて森下、染矢らと数学を分担して授業させるか(場合によつては原告荒木も加わることとなるが)仮に被告の説得にもかかわらず森下の早急の勇退が望めない場合には、同荒木を工大、或は高校の事務職等に転用して非常勤の形で前記電気一般の授業もさせ、就職係等の仕事もさせつつ、その間数学教諭となるための準備をさせることも可能と思われるし、かような措置は同人の年令、経験年数等から判断して将来の同校の教育内容を充実させる上で、有意義なことと思われる。ことに、佐伯高校の前記生徒の学力程度からすれば、高校の形式的なカリキユラムもさることながら、先ず、被告は右高校の実態を把握し、現実に即した教育を行い、原告らを右教育の充実化に活用すべきであつて、これらからすると、本件整理解雇の必要性を肯定することはできないと解するのが相当である。

四 被告は、これらの点に関し、原告土井には学力も指導能力もなく、現に、原告両名は、被告が昭和五〇年七月四日に施行の数学の学力試験をあえて受験せず又大学で電気を専攻して来たものが、高校数学を教えることは教育の質を低下させるので望ましくない。

又原告らは数学の臨時免許をも取得していない旨反論している。

1 しかし先ず右試験の点については被告代表者菅本人尋問の結果によると試験者側としては「原告らが右試験の結果例え好成績をあげても別段それによつて原告らに数学の臨時免許申請のための推薦等しようと言つた気持でもなかつた」ことが認められ、又前掲各証拠によると、被告側は、同年二月から同七月までの間、しきりに原告らに退職勧奨を続けており、前記染矢らから前記転用反対の要請を受けるや、これを受けて前記試験実施を計画したこと等も認められるので、これら諸事実を総合すると、原告らが右に対し「合理化のため尽くすべき努力を放棄したまま、安易に試験成績を以つて解雇を正当付けようとしている」との反感を抱くのも無理からぬものと考えられるし、又そのおそれも充分あり得るものと考えられる。(身分の安定した教員が長期に亘り責任ある指導を継続することこそ生徒の教育にとり望ましいものと考えられるがかかる観点から見ると、一教師の一時点における数学の知識が他よりどの程度優れていたかと言うことはさして重要なこととは思われずむしろ前記の実のある指導が当該教師にとつて長期的に可能か否かと言うことこそ重要であり且つ教員適格判定の基準たるべきものと思料される。

従つてかかる点の考慮を欠いた試験は全く無意味とも言うべきである。)

従つて先ず被告において他に充分な転用のための努力が尽くされたとの事実が立証されない限り右受験のなかつたとの事実を以つて解雇の正当事由の一つとすることは許されない。

しかし、本件においてはかかる充分の努力がなされたとの事実を認めるに足る証拠はなく、これを認め得ないところである。

2 次に、原告らの教育能力が劣つているとの点については全くこれを裏付けるに足りる客観的資料がないばかりか、前認定の原告らの学歴、佐伯高校における授業の実績等から判断すると充分の数学教育能力を有していたものと認められるところである。

3 又免許の点についても、前掲各証拠によると電気科の生徒募集停止から同廃科までの間三年の期間があつたのであり、この間、被告は、昭和四八年採用の工業の臨免しか有していなかつた同校教員訴外佐藤一吉に対し同人が大分工大で普通免許取得のため必要な講義を受講することを許し同人に同免許を得せしめる等の便宜を与えている事実も認められるので、これら事実からみると、若し被告に転用のための合理的配慮さえあれば原告らもその学歴、教育歴等から考え通信教育等の方法を利用することにより充分数学の普通免許もとり得たものと思われる。

被告は、この点に関し、原告らが転用のための必要免許を取得しなかつたのは原告らの努力不足のせいであるかの如き主張をなしているが、整理解雇なるものが従業員の責によるものでなく、むしろ経営者側の経営見通しの甘さによることが多い点を考慮すると、被告としては昭和四七年当時原告らに対し必要免許を取得するよう指示し又そのための便宜をも出来る限り供与すべき責任があつたと考えられるので右非難は当らない。

4 かえつて前掲各証拠によると被告理事小松は昭和四七年一二月一一日開かれた被告と学園組合間の団交の席上、原告らの身分保障の要請に対し「生木を裂くような真似はしない。」とあたかも右要請を了承したとの印象を与える発言をなし、しかもその後は組合側からの右の点に関する要請がなかつたのをいいことに、別段免許を取得するようにとも、これがなければ転用出来ないとの警告も与えないで放置しておきながら、昭和五〇年二月に至り突然原告らに退職勧奨に及んでいる事実が認められるので、これら認定事実から判断すると、原告らとしては同日に至るまでの間全く無免許を理由に解雇されようとは予想もしておらなかつたと思われるし、又その大半の責任は被告側にあるものと考えられるので、一層右無免許の故を以つて解雇を正当付けることは許されないものと思料される。

むしろ被告としては前記言動をとつた責任上も原告らに対し同人らが前記免許法五条三項の臨時免許状を取得し得るよう協力すべきであつたし、又右協力さえあれば原告らが右免許を充分取得し得たであろうことは有に推認し得るところである。

よつて右の点に関する被告の主張は失当と言う他ない。

五 そこで、次に、被告が前記転用も不可能な程経済的にひつ迫し、著しい窮状にあつたか否かにつき判断する

前掲各証拠の他、成立に争いのない乙一九号証と弁論の全趣旨とを綜合すると、次の事実が認められる。

1 原告土井の昭和五〇年九月当時の給与は月額金一二万五四〇〇円で同荒木のそれが金一〇万七、二〇〇円であるところ、前記小野は金一一万一、〇〇〇円、同森下は金一一万円、同染矢は金一三万六、三〇〇円の各給与を得ていること。従つて原告土井の給与は訴外小野より一万四、〇〇〇円程度高額で反対に原告荒木の給与は訴外森下より二、〇〇〇円程度、低額となつていること。

2 原告土井が佐伯高校に就職した昭和四一年当時、同校の在校生数は一、五〇〇名程で教員一人当りの受持時間数は週二〇時間から二二、三時間(原告土井は二四時間)又一クラスの生徒数は六〇名程で教員の資格は一〇〇名中約三〇パーセントの者が無資格又は臨時免許によるものであつたこと、この間、被告によつて、女子短大が昭和四〇年四月に、工大が同四二年四月に何れも設立経営せられたが短大の方は前記のとおり休校になつたが、工大の方は現在設備を拡大するなどし、かなりの収益をあげているものと考えられること。したがつて、被告全体としてみれば、その経済状態は悪化の傾向のみにあるとは思われないこと、

3 一方、原告らは、前記団交において被告に対し原告らを転用出来ない程に被告の経済状態が悪化しているのなら被告の財務関係資料を示して説明して欲しい旨何度も要求したに拘らず被告は一向右要求に応じようとしなかつたこと、

以上の事実が認められ、前掲証拠中右認定に反する部分はたやすく信用できないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実を総合して判断すると、被告は、未だ前認定の、原告らの転用措置をとり得ない程経済状態が悪化しているとは考えられないところである。

六 なお、付言するに、証人田島幹雄の証言により成立の認められる甲第八号証、同証言、原告ら各本人尋問の結果を総合すると、原告土井は、昭和四三年三月、他一四名と共に被告より解雇され内七名を以つて大分私教連佐伯高校分会を結成して解雇撤回運動をおこしたところ、被告は同年四月一五日右七名全員の解雇を撤回したこと、そして、同分会は、同年五月頃佐伯学園教組に吸収合併されその後短大、工大の労組も右学園教組に吸収されて一本化されたこと、

原告土井は、同労組役員として昭和四三年九月に分会長、同年五月六日第一回目の執行委員、以後同四五、四六年に書記長、同四七年から同五一年までと同五三年に副委員長、同五二年に執行委員をつとめ、他方、私教連役員として同四三年から同四五年まで執行委員を、同四六、四七年に副委員長を同四八年から同五二年まで書記長を各つとめていること、

又原告荒木も、同組合の若手組合員として活躍していること

被告は、工大理事長が昭和四五年九月、ストライキによつて身をかくした際、工大の教授らが自主講義したことを経営権の侵害にあたるとして橋本委員長他一四名を解雇したところ、内四名から右を不服として当庁に地位保全の仮処分申請がなされ、被告は、右異議の第一審で敗訴し控訴審で和解している等何度となくその従業員の解雇問題を生ぜしめていることが認められるところであり、これらの点から考えると、被告は、労務問題を安易に解雇によつて片付けようとする傾向が見られなくもなく、これに前認定のような本件解雇の経緯をみると、本件解雇も差し迫つた整理解雇の必要性があつてなされた解雇と思料することは一層困難である。

七 よつて被告の本件解雇は就業規則所定の整理解雇のための必要性を未だ充足しておらず、無効と言うべきであるし、又前記事情に照らすと信義則上も又許さるべきでないと言うべきである。

第四 以上説示のとおり、本件解雇は、いずれも無効であつて原告らはいずれも被告の教員としての雇傭契約上の地位を有するものと言うべきところ、弁論の全趣旨によれば、被告は、本件解雇以後、原告らを教員として認めず就労を拒否し、別紙目録記載の各給与を支払つていないことが認められるので右地位確認並びに右賃金の支払を求める原告らの本訴請求はいずれも理由あるものと言うべきである。

よつて、原告らの本訴請求は理由があるから全部これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

別紙

目録

土井正美 金一二万五四〇〇円

荒木寿男 金一〇万七二〇〇円

佐伯高等学校の入学生数と学科の募集停止年度

年度

学科

30

31

32

33

34

35

36

37

38

39

40

41

42

43

44

45

46

47

48

49

普通科

33

34

45

41

38

12

53

94

77

66

45

34

49

47

39

26

41

33

49

商業科

40

97

85

96

104

52

138

113

169

146

89

72

82

53

48

41

62

74

48

家政科

12

24

41

42

24

47

13

88

111

70

78

68

51

47

36

33

23

20

林業科

11

14

19

16

12

17

造船科

7

17

50

75

44

38

21

83

54

40

22

34

6

26

建築科

23

43

52

53

43

48

14

51

85

115

78

103

71

62

62

44

47

52

75

49

土木科

16

10

49

42

52

25

32

30

22

電気科

78

55

86

78

126

103

50

54

47

41

53

31

24

機械科

100

154

156

91

107

110

132

79

83

66

79

64

53

171

293

316

260

388

177

548

677

803

674

512

425

445

371

296

251

265

261

210

募集停止学科と年度

林業科・昭和36年度

造船科・昭和44年度

土木科・昭和44年度

家政科・昭和48年度

電気科・昭和48年度

佐伯高等学校

1 昭和50年度~52年度の各学科の入学生数

年度

学科名

50

51

52

普通科

45

28

34

商業科

84

44

53

建築科

37

24

28

機械科

52

37

41

218

133

156

2 クラス定員とクラス在籍生徒数

学年クラス

学科名

1年

2年

3年

クラス定員

クラス在籍数

クラス定員

クラス在籍数

クラス定員

クラス在籍数

普通科

45

34

45

27

45

47

商業科A

45

26

45

41

45

41

商業科B

45

27

45

0

45

39

建築科

45

28

45

23

45

31

機械科

45

41

45

37

45

47

在籍数計

156

128

205

(昭和52年7月31日現)

1 大分県内私立高等学校の生徒数と教員数及び教員1名当りの生徒数

(昭和47年度から昭和52年度まで)

年度

大分県内私立高校(16校)

佐伯高等学校

生徒数

教員数

教員1名当りの生徒数

生徒数

教員数

教員1名当りの生徒数

47

12,505

512

24.4

753

49

15.3

48

11,811

515

22.9

751

49

15.3

49

11,591

509

22.8

713

48

14.8

50

10,905

517

21.1

669

40

16.7

51

10,324

495

20.9

542

37

14.6

52

489

36

13.5

(大分県教育委員会資料)

2 昭和47年度から昭和60年度までの佐伯高等学校の校区の大分県南部(佐伯市,南海部郡)の中学生の卒業数

(大分県教育委員会資料)

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